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2004年2月

助産婦さんに拍手!!!

いやぁ~、『百聞は一見に如かず』とはまさにこの事!!!。二人目の子供なので、なんだか“わかった気”でいたんだなぁ~・・・って実感(笑)。子供と私を見てくださって、家の中の状況まで見ていろいろなアドバイスをゆっくりうかがえた事は『目からうろこ』のことばかり。頭でわかっていることや聞いた事あることと、実際に自分たちに合う状況&いろいろな「なんでこうなの?」に対する的確なわかりやすいお答えと指導をしてもらうことはこんなにも違うんですね。あー『出張専門』っていうのはこういう意味があったんだぁ~って感激しました。料金の元を超え、私はそれ以上なものを得させていただいたかんじです♪(正直、安くはないお値段かな?と思いましたが、利用させていただいてみたら効果絶大!で料金以上の満足度でした。頼ってよかった、ホント)

おかげで母乳の量もひびくんサイズに落ち着いてきましたし、彼も少しは飲み安くなったようです。私の胸の方の熱もだいぶ落ち着き、彼のペースにあってきました。まさか彼が「オッパイ嫌いで飲めない」と思っていたのは、私の方の「母乳の出過ぎ」に理由があったとは考えてもみませんでした。“いっぱいよく出るのがいいオッパイ”だと思っていたので・・・(笑)。

今、我が次男は昨日まるで高野さんに魔法をかけられたのでは?と思わず言ってしまうくらい前の日までとうってかわっておとなしく扱いやすい子に大変身!まるで「そぅそぅ、ボクにもそういう理由があって直接母乳飲むのイヤだったんだよねぇ~。いやぁ~高野さんがきてくださって理由を代弁してくれてよかった、よかった!」とでも言わんばかりの満足顔でお昼寝中です。おかげで次の日は朝から家事する体力も回復し、お天気のもといっぱいお洗濯できました。いつまでこの魔法にかかっていてくれるか、とは思いますが(笑)。

めでたし、メデタシ!

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乳バトルのその後・・・

結局25日の朝まで試行錯誤していましたが、いよいよ私の方がギブアップ。胸が熱く、ヒリヒリ。手絞りで搾乳しようとしても胸ははっているのにぜんぜん絞れない。なんで?!と、まだ外も明るくならない頃、暫しパニック状態!

もう頑張りも限界!と、以前から知っていた母乳アドバイザーの助産師さんに緊急事態メール(?)を打ちました。この方はいっつんを出産した当時その病院にいらして、今はフリーで『出張専門』の母乳育児助産院を開設していらっしゃる方なんです。私の緊急事態メールに、午前10時過ぎにはお電話くださり、他の予約の方の終わる夕方4時には駆けつけてくださる、というありがたいお電話をいただきました。「大丈夫?待てる???」って言ってくださって。でもこうなったら「頑張りますぅ~」と言うのが精一杯なワタシ。

この後は“まずは午後4時まで耐えればなんとかなる!”と頑張る事に。急なお願いにも関わらず、遠い&散らかり放題の我が家まで訪問いただきました。緊急事態!背に腹はかえられない・・・。散らかってるしぃ~・・・なんて言っていられずなりふり構わずお願いする事に。。。

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根比べ

結局いまだ直接授乳ではうまく飲めないので、いちいち搾乳してから哺乳瓶で授乳していたわけですが、また問題発覚!搾乳では出るオッパイの量が増えていく気配がない・・・。いや、減っている気すらする・・・。これは困った。

やっぱり搾乳機と子供が直接吸うのでは刺激の種類が違うらしく、量が伸びていかないみたい。今月は搾乳でのりきれても、きっと来月には一回の授乳量に追いつかなくなりそう!?という事態に気付き、哺乳瓶をまずはピジョンの“母乳相談室”という乳首の形が実際のものに近い、という母乳に慣れ親しむ用の哺乳瓶にチェンジ。

やっとそれにも順応してきた風だけれど、やっぱり吸いやすさなどなど実際と違う事もあるようで“感触”には慣れてくれず。でも直接授乳に慣れてもらわねばいけないので、ひびとの根比べ状態。しかしエビ反り状態のヒトに乳を強要する状態になっているのは変わらず。直接授乳だと一回の飲む事の出来る量が少ないのもあり、1時間くらいかかって授乳&根比べ飲みをし、そして間が1時間程度あけばいいほう。いやぁ、母も子供も体力がすり減るので、何回かに一回は搾乳したものを哺乳瓶で飲んでもらって、両方の体力回復をしています。いやぁ、大変!

やっぱり搾乳して哺乳瓶で飲むと、一度に結構一杯飲めるせいか、眠ってくれる時間もちゃんとあるし、おかげで授乳の間隔も空くんですね。でも、この状態では顎の発達によくない?!とも思うし、母乳も少なくとも3ヶ月はフルでいきたい、と思っている(いっつんの時は6ヶ月までフル母乳で育てました。仕事の都合でこれ以降はミルク育ち。)のに量が増えていってくれないと困るし・・・。

はて、この闘いの続き、どうなることか。

“いっぱい飲んで、よく眠ってくれるよい子”と思っていたのも、違う意味で悩みがありました。あまりひびにこの件で時間を割きすぎるといっつんも構ってもらえずイライラ。いっつんもストレス溜まるみたいだしね。。。

直接授乳だけは疲れたからといってパパと交代、というわけにはいかないし、いと難し・・・

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子供が違えば悩みも違う。。。

いやぁ~子供が違えば、悩みも違うので・・・。

いっつんが生まれた頃は、いやぁ~寝なかった。こんなに赤ちゃんが寝ないなんて聞いてない、育児書にも書いていないし、なんで???ってかんじだった。当時の育児日記には、一日に10度も授乳し、泣きやまないので何度となくおむつ替えをして、いっつんと一緒に私まで泣いている、という彼との闘いの記録が残っている。

そして、今回のひび。
一度飲んだら2時間は時間があく。天国のよう!と思っていたら、これがなかなか大変な事に。実はいっつんもひびも同じように小児総合病院のNICUに入院したのですが、ひびは病院で哺乳瓶からミルク(中身は母乳)をもらっていたら、すっかりオッパイ嫌いになってしまったようで・・・。いっつんはそのあたりのこだわりはなかっようでこの事においてはこんなに大変なことはなかったのですが。ひびは完全にどうやら“感触”自体が嫌な様子。こんな小さな赤ちゃんなのに、どこにこんなに力があるのか?!と思うほど抱いて授乳しようとするとのけぞって嫌がり、エビ反りに。乳房を口に含んでも嫌だから口すら閉じず絶叫!!!トホホ。。。なんだかこうなってくるとどちらも意地になってくるわけだけれど、あまりの絶叫に、これも一種の虐待になったりするのではないか?!と真剣に悩む事に・・・

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出産ドタバタ

1月29日に入院。
1月30日お昼に手術。
手術後はひたすら点滴の嵐。食事は当然ナシ。

1月31日(術後一日目)
呼吸が整わないひびは小児総合病院のNICUに転院。症状としては、「一過性多呼吸症」というもの。帝王切開で生まれる赤ちゃんのうち、2割程度に見られる症状だとか。

私は朝8時頃痛み止めが切れて、そこからは痛みと闘い七転八倒!でもまだ起きられる程ではないので、ベットの柵にしがみついて涙するのが精いっぱい。お昼頃導尿がとられ、午後2時頃から起き上がってトイレに行く練習。何度ものトライの結果、4時前頃なんとか自力でトイレに行くに成功。点滴の棒を押しながらの歩行はまるでおばあさんのように腰を曲げてソロリソロリが精いっぱいだったよ。お昼の重湯を口に出来たことがなんと嬉しかったことか。

術後三日目まではかなり自分の事だけでいっぱいいっぱいだった。四日目以降は何か他のことを考える余裕もでてきかかんじ。日々、ひびのところにもっていってもらう母乳の搾乳に勤しむ。出産の入院は授乳やら沐浴やらその他いろいろ指導があるので結構忙しい。

2月5日(術後六日目)午前中、
帝王切開手術後のお医者さんのよる創部チェック。ホッチキスのようなもので止めていた金具の抜かん。抜かんも痛いが、それ以上にその部分の消毒が痛かったぁ~!でもそれ以上にこの日手術朝のシャワー以来のシャワーに感激!途中の日で一度頭はシャンプーしてもらえたんですけれどね。それ以外は蒸しタオルだったから。

2月6日(術後七日目)午前中退院!
その足で、ひびのところに会いに行った。

毎日面会時間にはひびに会いに行き、
2月10日、ようやくひびも退院!

17日まで実家に世話になって、ようやく帰宅。ジプシー生活終了、とそんなかんじです。

いや~、濃いぃ~半月強でしたわ。
まわり中の人を巻き込んで、もう年始から一年分くらいの大変な事を十分にやったかんじです(笑)。騒動にまき混まれたみなさま、本当にお疲れさまでした。そしてありがとうございました。
でもまだまだ頭の中は慢性睡眠不足でぼ~っとしていますけれどね。

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1月30日13時16分 2984gの次男誕生!

この雑記も書けないくらいバテていましたが、ようやく仮社会復帰、くらいのかんじになってきました。

只今奇跡のような兄弟二人同時お昼寝の貴重な時間。今のうちに一緒にこちらもお昼ねしてしまわないと!と思いつつも、静かになるとちょっとPCなど開いてみたくなっちゃうのがいけません。。。でも頭は慢性睡眠不足のおかげでボ~ッとしています。それに今日いいお天気で、なんだかお部屋の中もふわっと暖かくますますぼぅ~っと。。。

いやいやいろいろ大変でした。今回は手術自体はまぁ予想通りだったけれど、想定になかった事といえば、“後陣痛”のスゴサ!一人目の時にはそんなに大変だった記憶がないのですが、やっぱりこの辺りは二人目。痛み止めが切れたらあまりのいたさに脂汗。ヒィーヒィー言って、我慢しきれず悲鳴を上げながら涙流していたら、ドアを閉めていたにもかかわらず、朝の病院の中が忙しい時間、声が廊下に漏れていたらしく、いや~、いろいろな方々(お掃除の方やらお給仕の方やら・・・)が「どうしたの!?」と部屋に入ってきてくださって、「今看護婦さん呼んできてあげるからね!」とナースステーションにとんでいってくださいました。でも、看護婦さんだって朝の忙しい時間、そんなに早くすぐにというわけにもいかず、その間にも何人もの方が、「今看護婦さん呼んできてあげるからね!」とナースステーションにとんでいってくださった結果、忙しい時間にも関わらず、いろいろな方が違う看護婦さん呼んでくださったんでしょうね。おかげで看護婦さんが次々に3人も私の部屋に「どうしましたか?」と慌てて飛んできてくださるスクランブル状態を作ってしまい、大変ご迷惑な恐縮する状況を。。。

おかげで後陣痛の痛みが和らいだ後には、会う看護婦さん、看護婦さんに、「昨日はご迷惑をおかけいたしました。。。」と頭を下げる、下げる・・・。いやぁ~参りました。本当にスミマセンでした。過ぎてしまえば笑って話せますが、お腹に焼き火箸!ってかんじ。死ぬかと思った、ホント。

帝王切開出産じゃない場合の後陣痛だとどんな感じなんでしょう?私の場合は子宮と一緒に縫った傷もスゴイ勢いで縮んでいくわけで、余計痛いのでは?!と思いましたが。これは一人、二人・・・と産む人数が増えるほど痛さは増すそうで。大家族のお母さんの痛さっていったい!?

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だいぶん体力回復してきました

気付けば立春もすぎて。6日にはいよいよ退院。もうすっかりホームシック。

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